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「うまく描けない」は、描き続けることの原動力。 表現への挑戦はずっと続く。
川端健太さん(画家)
かわばた・けんた
1994年、埼玉県出身。2015年に東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻に入学。2019年に油画専攻首席、美術学部総代として卒業。現在は東京芸術大学美術研究科油画技法材料研究室の博士課程に在籍。これまでの主なグループ展として「can (not) reach EUKARYOTE」(2022, 東京)、「絵画の筑波賞展 西武池袋本店アートギャラリー」(2021, 東京)、また主な個展として「そこに見えて居ない TAKU SOMETANI GALLERY」 (2021, 東京)、「さわれない形を見る 銀座 蔦屋書店」(2023,東京)がある。
主な受賞に「岡本太郎現代芸術賞[TARO賞]入選」(2023)、「神山財団芸術支援プログラム最優秀賞」(2022)があり、また作品は東京芸術大学美術館やLS株式会社にコレクションされている。
心の解像度を高めて、写実的に描くということ。
埼玉県富士見市、駅から歩くこと約10分でアトリエに到着。元は祖父が営んでいた印刷所だったという作業スペースには、足を踏み入れた瞬間に大きなインパクトを受ける人物画やオブジェが所狭しと並んでいます。作業台にある瓶の中にはぎりぎりまで短くなった使用済み鉛筆が沢山詰まっていて、気の遠くなるような“仕事”をしていることが想像できます。川端さんに、ご自身の作品や創作の考え方についてお話しいただきました。
Q リアルに人物を描いているように見えますが、特徴的な作風ですね。これらの絵には実際にモデルさんがいるのですか?
友人だったり、友人の子どもだったりしますけれど、その場にいる人物を見て描いているのではありません。その人物に会って話を聞き、その人が抱えている想いや背景みたいなものを捉えていって、大きなテーマとして描くにはどうしたらいいか、自分に問いかけながら創作していきます。
Q 川端さんの心の中で捉えた人物像というものをリアルに描くということですか?
そうですね。描き方やテーマといったものは変わり続けていますが、目に見えないものを描きたい、物事の本質的なものをリアルに描きたいという気持ちは変わらないです。だから相手を見るだけでなく、直接本人に会って話をします。
人物画へのこだわりが強いのは確かで、幼少の頃の思い出やこれまで出会ってきた人たちの印象などが人間を描くことの根底にあります。人と人の間には見たくても見えないものがあると感じたり、そうしたことが人物をぼやかしたり、顔を歪めさせたりといった表現に繋がっていく。人物を描くのが目標ではなく、風景画も描きますし、彫刻もつくっていて、まだまだ他にもやりたいことがたくさんあります。
Q 絵を描き始めた頃から写実的な作風なのですか?
絵を始めた時はリアリズム作品にすごい憧れがあって、目の前の人物をデッサンしたり、写真を撮って描いたりして、初期の頃は人物をなぞるように描いていました。似てくるとうれしかったし、そこがゴールでしたが、そうした描き方をずっとしていると限界を感じます。
西洋絵画というのは宗教画や肖像画に見るように、物語や現実を写しとる写真のような役割で発展してきました。しかし、現代のようにさまざまな美術・芸術作品が生まれる中で、写真のように描きたいという気持ちだけで続けていると、何のために描いているのかわからなくなってくるんです。自分の作風については、これまで肯定も否定もたくさんしてきましたが、一番手応えを感じているのが今の描き方です。表層的なリアルさにはこだわっています。
Q どのように克服していったのですか?
絵を描く意味をしっかりと認識し、人の内面を自分なりに捉えたものを描くという考え方を持つようにしました。それが自分の作風になりました。とはいえ、今でも悩みながら描いていて、制作過程で行き詰まることはよくあります。そんなときは日曜大工ですね。棚や机、可動壁やペン立てなど、このアトリエのほとんどの家具類を自作しています。絵が描けないとき、物づくりは良い気分転換になるんです。
小さなものを巨大に、高密度に。油絵への挑戦。
Q 大きな赤ん坊の絵がありますね。どういう理由でこのように描いているのですか?
この絵を描くまで、鉛筆の作品を描き続けてきました。僕にとって鉛筆は描きやすく、自信を持って仕事ができる画材ですが、油絵は手の中に拙さがあって今ひとつ自信が持てなかったんです。だから、油絵の具をちゃんと使えるようになることが理由のひとつ。もうひとつは、いままで大人を描き続けてきて、次は子どもを描いてみたいと思っていたこと。ちょうど友人に子どもが生まれたことが重なって、2019年に誕生してから描き始め、他の作品も手掛けながら3年ほどかけてゆっくり描いています。この作品で油絵に向き合えたことで表現の幅が広がり、今では自由に描けるようになりました。
Q どのように描き始まるのですか?
いきなりこの大きなサイズには描けないので、まずは小さく、スケッチをたくさん描いてみて、全体の配置を決めていきます。キャンバスに描く本番の工程に入る前にどういったものを描くか、僕は事前に図像まで細かく決めるタイプなんです。こういうテクスチャで処理しようとか、こういう風に描こうといったことは本番前にすべて決めてしまいます。 細かいことは決めないでつくり始める作家さんもいます。絵の具をキャンバスにポタッと垂らしてどう跳ねるか、想像もつかないことや人が操作できないことをむしろ求めて作品をつくる人もいます。
Q なるほど。次はどういう工程に入りますか?
支持体(下地)に鉛筆で下書きをしますが、鉛筆作品のように精緻には描きません。リアルな感じを出すのは配色や本塗りの段階です。油絵の具というのは、本来写実的な表現をするために生まれたような道具です。僕がそれまで油絵に慣れていなかっただけで、写実なら鉛筆よりも油絵の具のほうが向いています。僕は初めての油絵だったので、乾燥時間がどれくらいかかるかなど、工程が進むたびに新しい発見があって勉強になりました。
Q そもそもなぜこの作品はこんなに大きいのでしょうか?
僕は細かく描くことにすごくこだわりがあります。全体像をざっと描くというより、密度を出したい。密度を出すには、ある程度大きさがあったほうがわかりやすいし、近寄って見たときに発見があったりします。それに、展示したときに見下ろされる感じにしたかったこともあります。赤ちゃんに見下ろされることって、あまりない体験ですよね。こうした“密度的に体感できないようなもの”を絵で表現したいと考えた結果、縦幅が3m30cmの大きな作品になりました。
Q 引いて見たときと近寄って見て感じる印象が違う見せ方をしているのですね。
描いているとどうしても作品との距離が近くなってしまいます。離れて見たときのほうが、観賞する人たちが見る印象に近い。だから描いているときは、ときどき俯瞰的に見ることがすごく大事です。
1本の鉛筆が、表現の可能性を無限に引き出してくれる。
Q 絵を描き出した頃のことを聞かせてください。
学生の頃はバスケットボールに打ち込んでいましたね。高校3年生の夏まで部活をやっていました。その後、進路を考えたときに、一番好きでやりたいと思ったことが美術でした。しかし専門的に絵を習ったことはなく、描くと言えば美術の授業でしかなかったんです。そこで、美術の先生に相談をしたところ、予備校を紹介していただいて、このおかげで東京芸大に入学できたというのが経緯です。
絵を描くことは好きだったんですが、周りの人は本当に絵が上手でした。自分は絵を描き出すのが遅く、バスケばかりやってきたことを負い目に感じました。自分のこれまでの経験が、絵を描くことにとても役立っていることに気づいたのは、ずっと後になってのことです。
Q 経験が作風や技法にどのようにつながっているのですか?
僕はいま28歳で、自分のこれまでの経験が、表現活動にどのように関係しているのかということをよく考えます。美術とスポーツは一見無関係に見えますが、どちらも“身体感覚が大事”という点で共通しているのではないかと思います。
たとえば、バスケットボールは絵の道具選びにとても影響しています。バスケットやバレー、テニスで使用されるボールはさまざまな種類がありますね。それぞれも大きさも硬さも違います。同じ競技のボールでも状態によって弾み方や音が違ってくる。バスケをやっていた頃、朝練でカゴの中にあるボールを取り出すと、あれこれ手に取ってみて、結局自分の手にしっくりなじむボールを選びます。鉛筆選びも同じだと思うんです。
Q 体が無意識に良いものに反応しているのですね。
なぜ、鉛筆を道具として使い続けるのか、むしろ鉛筆じゃないと仕事ができないのか。それは鉛筆の芯の硬さにあると思っています。硬い支持体にカチッと描ける、鉛筆のこの感じがすごく良いと思っていて、毛先がグニュッと曲がる筆よりも自分の中ではしっくりくる。バスケットボールをバウンドしたときのピタッと手に収まる感じに似ているんじゃないかと考えるんです。
だから学生のときに、もしバスケットボールより柔らかいボールを使うバレー部に入っていたら、鉛筆ではなく絵筆を好きになっていたかもしれません(笑)
Q 鉛筆の硬さと言えば『ハイユニ』の10Hをよく使われているそうですね。
はい、一番硬くて薄い色の鉛筆を使っています。なぜかというと、自分で材料を調合してつくった支持体に最も適する硬さだからです。紙と10Hの組み合わせだと、色はほとんど乗りませんが、僕の支持体と組み合わせると、ちょうどよく色が乗ってくれます。全体的に10Hを使用して描いていて、たとえばハーフトーンと言われる肌の繊細なグラデーションを出したいところに硬い鉛筆を使います。逆に、濃い色にしたい部分は他の硬度を使います。
Q 最後に、絵を描きたい、何か表現したいと思う方にメッセージをお願いします。
僕はまだ自分がうまく描けているとは思えない。これが絵を描き続ける原動力になっていると思うんです。もし、うまく描けるようになったと思ったら、その瞬間から絵を描かなくなるかもしれません。とにかくアウトプットをたくさんするようにしています。僕の周りで活躍している作家さんは、どんな形でもアウトプットしていて、それがたとえ評価されなくてもどんどん作品として出している。結局そういう人が残っていて、今でも作り続けています。だから、何か表現したいことを頭の中だけにとどめず、紙に落とし込んではどうでしょう。
鉛筆というのはすごく便利なツールです。鉛筆には限界値があり、表現の振り幅も決して大きくはないのですが、そこが良いんです。最初に何かを表現する上で、とてもとっかかりやすい道具です。そこから始めて限界まで極めていく。すると、1本の鉛筆が、想像しきれないくらいの仕事をしてくれます。
静かな語り口の中に、描くことへの強いこだわりを感じさせる川端さん。自分の中にある他者(人間)への想いをしっかり見つめて描く、それも究極にリアルに描くことで、見たこともない新しい表現が生まれます。「このリアルな描き方を背負ってしまった」と話すのを聞くと、表現と格闘し続ける画家にとって、描き方はまさに生き方になっていくのだと思いました。
東京・天王洲運河一帯にて開催の国内最大級のアートとカルチャーの祭典『MEET YOUR ART FESTIVAL 2023「Time to Change」』(2023年10月6日~9日)で川端健太さんの作品に会うことができます。