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「このペンだけが持つ何か」があるのが、筆記具の無視できない魅力です。
高畑正幸さん(文具王)
たかばたけ・まさゆき
1974年香川県丸亀市生まれ、図画工作と理科が得意な小学生をやめられずに今に至る。
テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権に出場。1999年、2001年、2005年に行われた文房具通選手権に3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。文具メーカーにて13年の商品企画・マーケターを経て独立。文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長を務め、個人でもYouTuberとして文具情報を日々発信している。2007年より、きだてたく、他故壁氏と共に、文具のトークユニット「ブング・ジャム」を結成。各種文具イベントを行う。
文房具は学校に持って行けるおもちゃであり、ブランドだった。
「中学・高校になると友達は音楽やスポーツにハマって行くんですけれど、僕は文房具から足を洗い損ねたんです」と、高畑さんは言います。
文具王 高畑さんは、文房具全般に日本一詳しい人であり、その好奇心や研究をそのままエンタメに変えて表現する人。高畑さんがプライベートでどんな風に文房具と向き合っているのかを知りたくて、インタビューさせていただきました。
取材の場には、かつて高畑さんがYouTubeで解説動画を連投した『クルトガ ダイブ』の開発者、福田昂正が同席。新シリーズ発表後のタイミングで高畑さんの興味に答えながら、マニアックな探究心の深みへ潜っていきます。
__高畑さんの文房具好きの原点って、 どこにあるんですか?
文房具って学校に持って行けるおもちゃであり、ブランドでもあるじゃないですか。自分のお小遣いで、自分で選んで買えるから。僕は図画工作や理科が大好きで、「動くノート」を作ったりしていたので、使い勝手のいい道具は作業がしやすいという実感があったんです。友達に「これいいよ」って薦めたり、文房具のイラストやコラムを同人誌なんかに載せてもらったりするようになり、それがいつの間にか自分のアイデンティティになって、気づけばこの歳になったという感じです。
__お仕事でかなり多くの筆記具をご覧になると思いますが、 新しい筆記具に出会った時は、 どんなところをご覧になるんですか?
もちろん、 自分が使いたいかどうかはあるんですよ。
けど、この立場になって気になるようになったのは、 過去にあったものと何が違うのか。
文房具って人の知恵の結晶だと思っているんですが、その営みの歴史に、この商品がどんなインパクトを与えるのか、発明・知恵として何がすごいのかが気になるところです。
今の三菱鉛筆は、新素材をどんどん取り入れていくし、メカ的には「同軸前後運動を回転に変える機構」が得意なメーカーだというのが僕の印象です。で、商品でいうと、やっぱり『ジェットストリーム』『クルトガ』の三菱鉛筆なんですよね。
作った人と対話している感覚で、モノを読み解く。
__今回、隣に開発者の福田がいるわけですけれど、2022年にはじめて 「クルトガ ダイブ」 が出た時の感想をお聞きできますか?
『クルトガ ダイブ』発売の時はちょっとしたパニックでした(笑)。
発売前には断片的な情報しかない状態だったけれど、少なくともコンセプトと、何を達成したか、それが歴史的に大きな出来事だということも分かった。初代号を手に入れ損ねたらその重要なピースを逃すことになるから、僕はかなり頑張って手に入れました。
それから3日ぐらいは仕事も完全に吹き飛んでいて、僕は、『クルトガ ダイブ』の動画を立て続けに3、4本上げているんです。
拝見しました。
以前からフルオートマチックと呼ばれるシャープペンはありましたが、薄々「これをオートマチックと言っていいのか」と思われていた部分があったんですね。
それを解消する前人未到の仕組みを、どう実現したのか?
誰かが答えを出す前に、僕はまず自分で謎解きしたかったんです。
「質の良いミステリーを手に入れたから、答えを聞く前にまず俺が読む!」という感じです。分解しながら読み解くことが楽しくて、仕事が手につかない状況でした。楽しくてしょうがなかった。
減速ギアの機構がキモだと思ってある程度予想していて、僕ならどうするかもあるし、これはどう考えるのが筋かと押さえていった。で、実際に中を見た時には「何だこれ?」ってびっくりしました。予想は外れましたけど、「こうやって回してるの!?」と驚いたし、それが数学的に正確に追い込めるものだと分かって感動しました。
動画で、製品に落とし込んでいない私の思考の経過まで話されていて、衝撃が走ったのを覚えています。脳内を読まれていると思いました。社内でもなかなか伝わらないのに(笑)
僕は、モノを通して、勝手に作った人と対話しているんです。サイコメトラーって言ってるんですが、残留思念を読み取る(笑)
工業製品って、誰かが図面を引かないとこの形にならないじゃないですか。そこにはデザインか機構か何らかの理由があるので、全て読み取れるはずだと思ってるんです。
『クルトガ ダイブ』の減速ギアは、工学が分かる人なら途中までは推測できるかもしれないけれど、そこから最終形までがすごく遠いですよね。
(笑)その通りです!減速ギアの機構に技術的なブレイクスルーがありました。
高畑さん、これ、理論上はいけるはずだ、でも本当にそんな動きしてくれるか分からないという設計の最終段階で、初めて私がガッツポーズした時の試作品なんです。
あー、中に赤マジックでポチポチ書いてある…。思いついてもちゃんと回らなかったら絵に描いた餅ですもんね。これが動いているのが未だに信じられないですけど。
そうなんです。髪の毛1本分精度がずれても、歯車の形がわずかに違っても動きません。自分の会社ですが、この成形品を作れるのは本当にすごい技術だと思います。
これは「クルトガ エンジン」があるからできるシステムで、三菱鉛筆でなければ作れなかったわけですよね。この『クルトガ ダイブ』も福田さんオリジナルの答えで、もし福田さんじゃなければまだない製品だった可能性すらありますね。
溢れ出すように「クルトガ ダイブがいかにすごいか」を語る高畑さんと、「こんなに話が通じる人がいるなんて!」と笑顔が止まらない福田。文房具や機械工学の知識、『クルトガ』の歴史にまで及ぶ深い知見そのものが、2人にとっては遊びの道具のように思えます。
>対談の詳細は、Youtube【文具王】高畑正幸チャンネルで公開中です。
紙に書くって、1つ1つの情報に場所を与えてあげる贅沢な思考法だと思う。
_ところで、 高畑さんは何か発想したり考えたりする時にどういうルーティンをされていますか?
何を考えるかによりますね。論理的に考える時、思考方法のひとつとして紙に言葉を書いたりはします。
ただ、知恵って必ずしも言語化されたものだけじゃないじゃないですか。文字がどこに書かれたかとか、どのぐらいの大きさで書かれたか、矢印を引くとか円でグルグル囲むとか、そういう関係性みたいなものも情報ですよね。今のところ、それをうまく扱えるのがペンで紙に書くことかなと思っています。
『クルトガ ダイブ』の仕組みがどう動いているか、動画でどう説明しようかというのは、家にあった端材を組み立てながら考えました。僕の場合、紙に書くより作って動かしながら考えた方が早いことがある。書くことと同じぐらい、手で考えることも多いですね。
_なるほど、「手で考える」。YouTubeで発信するときだけでなく、実際に考えるときにも模型なんかを作られるんですね。
そうですね。書く時も、どんな筆記具でもいい時もありますけれど、何かの筆記具について…例えば『ユニボール ワン』について語るんだったら、僕は『ユニボール ワン』で書きます。 紙のサイズっていうのも結構重要で、何を語るべきかを考えるような時は、4コマ漫画タイプのマス目のノートが気に入っています。何が必要かを、マス目ごとに書いていくんです。
思考とつながっている感じがしますよね。私も実感として分かります。やっぱり道具は選ぶし、道具で頭の中が規定されるってこともありますよね。
世の中にはもう、筆記具をほとんど使いませんとか、タブレットだけで仕事ができますという人がいっぱいいます。効率よく情報を扱うことに関してはデジタルが優れていて、紙に勝ち目はないなと思うんです。
反面、デジタルって、誰かが規定した方法で情報にアクセスすることになるんですよね。同じ画面にどんな情報でも表示できるけれど、情報にとってみれば次の情報が来たら退かなきゃいけない。紙に書くと1つの情報が1つの場所を占領するわけで、情報1個1個に場所を与えてあげるという贅沢な状態なんです。
書いたものを床に広げたり、壁に貼ったり、同じ言葉でも書き方やインクの色や筆圧や、いろんな情報を持って伝える方がリッチじゃないかな。そういう「誰かが規定したんじゃない使い方」ができるのはアナログツールの強いところですよね。僕は今のところ、こうやって書いている方が新しいことが言えるし、新しいことを思いつきます。
趣味性の高い部分、あるいはクリエイトする場面では、誰かが用意したんじゃない使い方ができるって大事なことだと思うんです。
これからは、よりピュアに、アナログな筆記に何ができるのかがはっきりするんじゃないでしょうか。書くことが贅沢な思考方法になるかもしれないですね。
それに文房具って、単純に気分が上がるっていう効果があるじゃないですか。誰かにとっては、ノックをしなくていいっていう機能性以上に、「世界唯一の技術で実現されたすごいペンを俺は持っていて、今それで勉強している」ということがプラスかもしれない。
たしかに。『クルトガ ダイブ』を出して気付いたんですけど、ユーザーの皆様の気分が上がってらっしゃるんですよ。そういう道具としての価値もあるなと実感しましたね。
「使ってみたい」って思いますよ。「このペンしか持っていない、このペンだけが持っている何か」があるのは、やっぱり筆記具の無視できない魅力です。
筆記具を読み解いて表現する人と、筆記具に思いを込めて作る人。一本のシャープペンが、両極をつないだような対談でした。技術の尊さを熟知する2人が「理屈じゃない魅力」に辿り着いたことも、文房具の楽しさを象徴しているように感じます。